福岡地方裁判所 昭和44年(む)45号 決定 1969年1月28日
主文
本件各申立を棄却する。
理由
本件各申立の趣旨は「原裁判を取消す。被疑者を福岡拘置支所から博多警察署に移監することに同意する旨の裁判を求める。」というのであって、その理由は別紙のとおりである。
ところで、本件の如き移監不同意に対する準抗告は果して適法であろうか。
なる程刑訴法二〇七条一項、刑訴規則八〇条は、検察官は裁判官の同意を得て勾留されている被疑者を移監することができる趣旨を規定しているので、ここに言う移監が勾留場所の変更たる実体を有するとともに、これに対する裁判官の同意が右変更を承認する旨の裁判であることに鑑みると、一見移監の同意・不同意は刑訴法四二九条一項二号に所謂「勾留に関する裁判」に該当し、本件各申立の如く移監不同意の裁判に対する準抗告は適法であるかの如く見えるのであるが、飜って考えてみると、移監は勾留状執行後勾留場所を一箇所に固定することから生じる諸種の支障を回避するために認められた制度であって、移監先が何処の監獄であるかということは勾留裁判の主要な内容である勾留場所の指定と並んで勾留されている被疑者の人権保障および当該事件における防禦権の行使などの見地から極めて重要な問題であり、当然裁判官による司法的抑制を必要とするものの、現行法上勾留状執行後の勾留場所の変更に関しては裁判官が請求により又は職権でその旨の裁判ができるとの規定はなく、かえって移監という形式でその目的を達成すべく予想されていると解すべきところ、移監を規定した刑訴規則八〇条、二四四条、二六五条を統一的に解釈すれば、勾留されている被疑者の移監は検察官が自己の判断と責任においてこれをなし、裁判官は前記見地から同意・不同意という形式でいわば受動的・消極的にこれを規制できるにすぎないという建前がとられていると解するのが相当であり、このことは移監が勾留状執行後に生起する問題であるので、広く裁判の原則的執行指揮者である検察官に対し、予想される便宜と必要から第一次的判断権を付与すべきであるとの観点からも結論づけることができる。
而して、同意なる裁判の実体はいわば許可又は承認に近似し、勾留されている被疑者の移監に対する司法的抑制は逮捕状などの許可令状とその実質において同程度のものということができるから、右令状に関する裁判そのものに対して準抗告が許されないのと同様に、勾留されている被疑者の移監同意・不同意の裁判に対する準抗告も又許容されないものと言わざるを得ない。すなわち、移監不同意の裁判は刑訴法四二九条一項二号に所謂「勾留に関する裁判」に該当しないのである。
なお、捜査の都合のみを理由とし、恰も勾留裁判の内容である勾留場所の指定を潜脱する目的でなされるかの如き移監同意請求の多い今日の実状に鑑みると、同意請求を受けた裁判官においてその判断が厳しくなることも司法的抑制の職責上誠に止むを得ないところであるが、これらは決して刑訴規則の予想する事態でないばかりか、勾留されている被疑者を移監する理由となる事情は時々刻々変化することが予想されるのであるから、移監不同意の裁判に対しては検察官において新たな事情を疎明する資料を追加するなどして再度裁判官に対し同意を請求することができることを念のため付言しておく。
よって、本件各準抗告の申立は不適法に帰するから、原裁判の理由の有無を判断するまでもなくいずれもこれを棄却すべく、刑訴法四三二条、四二六条一項を適用して主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 真庭春夫 裁判官 富田郁郎 白井博文)
<以下省略>